出雲大社の摂社・末社を紹介するサイトです。
神 話 の 出 雲 国・大 社 町

出雲大社の摂社・末社

 神社の境内にある小さな社は摂社せっしゃ末社まっしゃといいます。摂社、末社も本社に附属する神社ですが、現在では特に両者を区分する規定はなく、本社の管理下にある小規模神社の呼称として用いられています。
 戦前の旧官国幣社(かんこくへいしゃ)においては、摂社と末社を区分する基準が設けられました。摂社に該当する条件として、まず本社御祭神の荒魂(あらみたま)や后神・御子神を祀った社のほか、御祭神と関係のある神や現社地の地主神(じぬしがみ)など特別な由緒がある社となっていました。こうした基準に当てはまらないのが末社であり、摂社は末社より上位に置かれていました。
 現在でも摂社・末社の呼称は、戦前の基準による区分をそのまま用いていることがありますが、特に本社との由緒の深い神社には摂社の呼称が用いられています。摂社・末社については、本社と同一の境内地で祀られている境内社と、境内地外で祀られている境外社といった区分もできます。

摂 社
大神大后神社(御向社)
須勢毘売姫すせりひめ
本社の東側に南面する。「出雲風土記」に御向社とあるのがこれで延喜式内社でもある。
摂 社
神魂伊能知比売かむたいのちひめ神社((天前あまさき社)
𧏛貝比売きさがいひめ命・蛤貝比売うむがいひめ
本社の瑞垣の内にあり、大神大后の東側に並ぶ。「出雲風土記」神祇官社企豆伎社の一つで、延喜式内社でもある。
摂 社
神魂御子社かむたまみこ神社(筑紫社)
多紀裡昆売たぎりひめ
本社の瑞垣の内にあり、本殿の西側に直面する。「出雲風土記」神祇官社伎社の一つで、延喜式内社でもある。
摂 社
みかど神社(東西二宇)
宇治神・久多美くたみ
本社の瑞垣の内にあり、本殿の全面に東西に相対して位置する。 東側西面の社には宇治神、西側東面の社には久多美神を祀る。大国主神の門衛の役である。
摂 社
素鵞そが 素鵞社の写真
素戔鳴尊すさのおのみこと
素戔鳴尊は三貴子(天照大御神、月読尊、素戔鳴尊)中の一柱であられ、天照大御神の弟神にあたります。出雲国に天降りされ、肥河上に於いて八岐大蛇を退治されて人々をお助けになり、奇稲田姫を御妻として大國主命をお生みになられました。
摂 社
氏社(北) の写真
天穂日あめのほひ
天穂日命は皇室の御祖先神で、天照大御神の第二の御子神で出雲國造家の御先祖神です。大国主大神の「国譲り「に際してその功をあらわされました。天照大御神の御言葉によって出雲大社へ大国主大神がお鎮まりになると共にその祭主としてお仕えをする事になられました。
摂 社
氏社(南) の写真
宮向宿祢みやむきのすくね
出雲國造家の祖神天穂日命の第十七代の裔です。弁恭天皇から出雲臣いずものおみの姓を戴き國造くにのみやつことなられ、大國主大神を祭祀してお仕えするとともに、出雲国を統治されることになりました。
末 社
釜 社かまのやしろ 釜社の写真
宇迦之魂うかのみたま
素戔鳴尊の御子神で食物をつかさどられる神様であり、全国にある稲荷社の御祭神です。十一月二十三日夜の古伝新嘗祭の終段では、この御社より奉遷された御釜の神事が斎行されます。
末 社
東十九社 十九社の写真
天神地祇てんじんちぎ
本社の荒垣の内にあり、本殿の東西に位置する。八百万神の遥拝所である。 毎年陰暦十月、全国の神々が神集かむつどいをするときの宿所となる。神在祭にはこの社でも祭りが行われる。
末 社
西十九社 十九社の写真
天神地祇てんじんちぎ
本社の荒垣の内にあり、本殿の東西に位置する。八百万神の遥拝所である。 毎年陰暦十月、全国の神々が神集かむつどいをするときの宿所となる。神在祭にはこの社でも祭りが行われる。
末 社
祓社 祓社の写真
瀬織津比咩神せおりつひめのかみ
速開都比咩神はやあきつひめのかみ
気吹戸主神いぶきどのぬしのかみ
速佐須良比咩神はやさすらひめのかみ
四柱の神を総して「祓戸の神」と称します。私たちが知らぬうちに犯した心身の罪汚れを祓い清めて清々しい神の御心を戴けるようにして下さる神々です。
末 社
野見宿禰神社 野見宿禰神社の写真
野見宿禰のみのすくね
野見宿禰命は、出雲國造の祖先神天穂日命あめのほひのみことの十三世の嫡孫で、第十三代出雲國造襲髄命かねすねのみことにあたります。「日本書紀」垂仁天皇七年七月七日の条には、当時、天下一の力士と評判であった当麻蹶速たいまのけはやと御前相撲をとり見事に打ち勝ったことが記され、以来、野見宿禰命は国技大相撲の元祖と称えられ、今日では相撲をはじめスポーツを志す人々に広く崇められています。また、同三十二年には陵墓に建てる埴輪を献策してその叡智が称えられるなど文武両道の神様です。
摂 社
神魂伊能知奴志かむたいのちぬし神社 神魂伊能知奴志神社の写真
神皇産霊かみむすび
本社の東方約200メートル、大字杵築東字真名井にある。 「出雲風土記」神祇官社企豆伎社の一つで、延喜式内でもある。
摂 社
出雲井神社  写真 出雲井神社の写真
くなど
本社の東方約1.1キロメートル、大字修理免にある。
摂 社
大穴持おおなもち御子玉江みこたまえ神社(乙見社)  写真 大穴持御子玉江神社の写真
下照比売命
本社の南東約540メートル、大字修理免の乙見山にある。「出雲風土記」神祇宮社企豆伎社の一つで、延喜式内社でもある。
摂 社
大穴持御子神社(三歳みとせ社) 大穴持御子神社の写真
事代主神・高比売命・御年みとし
本社の西北約430メートル、奥谷素鵞川の上流にある。「出雲風土記」神祇官社企豆伎社の一つで、延喜式内社でもある。
摂 社
上宮かみのみや(仮宮)  写真 上宮の写真
須佐之男命・八百万やおよろず
本社の西方約540メートル、大字杵築北字仮の宮にある。毎年陰暦十月には、、 全国の神々が出雲に参集し、この社において神議を行うとされ、十月十日から十七日までの七日間は、この社で神在祭が行われる。
摂 社
因佐いなさ神社(速玉社)  写真 因佐神社の写真
建御雷たけみかずち
本社の西方約870メートル、稲佐浜近くにある。 「出雲風土記」に伊奈佐乃社と見るのがこの社で、延喜式内社でもある。国譲りの神話に関わる神社である。
摂 社
湊 社  写真 湊 社の写真
櫛八玉くしやだま
本社の西南約4キロメートル、杵築西字湊原にある。 祭神櫛八玉神は、大国主神が国譲りの後、天日隅宮に鎮まったとき、膳夫かしわでとなって饗応したと言われる神。 国造の火継式を終えて熊野神社からの帰途、国造はこの社を拝むことが古来からのしきたりとなっている。 また、八月の神幸祭(見逃神事)のときには、禰宜が神幸の供奉ぐぶをしてこの社に至り、祭りを行うことになっている。
末 社
祓 社 祓 社の写真
瀬織津比売せおりつひめ神・速秋津比売神・気吹戸主いぶきど神・速佐須良比売はやさすらひめ
本社の南方約220メートル、参道の東側にある。参拝の人々をここで祓い浄める機能を持つ。
末 社
大歳おおとし  写真 大歳社の写真
大歳神
本社の北約540メートル、大字杵築北字仮の宮にある。祭神大歳神は五穀を守護する神である。
末 社
下 宮しものみや 下 宮の写真
天照大神
本社西方約540メートル、上宮の近くにある。



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