第26号 大梶踊り保存会会長 日野 祐司
大梶踊りの歩み

 今を去る約350年前、荒漠たる荒木浜を開拓し人の住める立派な平野に仕上げた、大梶七兵衛の記念碑(銅碑)が大正元年、郡農会(JAの前身)によって大社駅前に建立されました。 以後、毎年夏祭り(大梶祭り)が開催され、盆踊りが踊られるようになりました。
 その後昭和17年、戦争のため記念碑が供出され夏祭りも中断してしまいましたが、戦後21年頃から荒木村青年団の手によって夏祭りが復活され、昭和23年に、石碑(現在は平成12年に戦前の銅製に復元されている)として再建もされました。 これを記念し、大梶翁の功績を称えた「大梶音頭」が、日光寺住職、村上捷応氏によって作詞されました。そして、昭和24年7月に大梶踊保存会が発足し現在に至ります。
大梶踊保存会メンバーの写真  当時、四軒屋、大梶、湊原の青年達は大梶翁の地元という事で「大梶踊り」と名付けて、各地盆踊り大会に出演しました。昭和25〜35年頃までは、盆踊り大会が盛んで、県内は元より広島で行われた中・四国盆踊り大会で3年連続優勝する等成果をあげました。
 現在は38名の会員で構成し、大梶翁の功績を称え末永く顕彰する地元荒木の夏祭りでは、保存会が中心となり、大梶踊りに乗り老若男女が大きな輪になって踊り祭りを盛り上げます。
大梶踊の写真  その他近隣の祭り等に年7〜8回出演しています。遠方へは、毎年大社出身者約250名の出席者があります近畿・大社会の要請により、ここ5年連続で出演しています。出席者にはふるさとを懐かしみ、大変喜ばれています。
 また、昭和42年8月に全国小学校保健体育研究会が荒木小学校で開催されたのを機に、荒木小学校児童に教えることになり、現在も続けています。大梶踊りが子供達に受け継がれ、人々の心に末永く愛されていくことを願います。

リターン