第11号 1999年 小村(こむら) 多一会長挨拶
小村会長写真
あいさつ

 本年もまた大勢の皆様のご来場を仰いで、ここに、1900年代を華やかに締めくくる、第12回記念総会を開催できましたことを、心から感謝申し上げます。
 世紀末ということで、マスコミの世界では、今世紀を振り返る企画もので賑わっておりますが、人それぞれに思い出も多かろうと思います。わたしごとで恐縮ですが、1950年、日刊スポーツ新聞社のプロ野球記者をスタートに、 半世紀にわたりプロ野球(関西運動記者倶楽部友・プロ野球永久招待証受領会員)とともに歩み続けることが出来たのは、大変しあわせだったと思いますし、 また、その思い出そのものが、プロ野球を中心としたものに連なるのは、これまた自然の流れでもありましょうか。そして、いつしか故人への、惜別の情に駆られている自分に気がつくのです。
 この1月にジャイアント馬場(享年61歳)が急逝しました。馬場正平さんといえば、昭和31年、巨人軍に入団した際に直接取材、あの巨漢にびっくりしたのを思い出します。 3月に亡くなった元米大リーグ、ヤンキースのジョー・ディマジオ(84歳)が昭和29年、マリリン・モンローと結婚、揃って来日した際にも、神戸での会見を果たしております。 4月には、元阪神タイガースの別当薫外野手(78歳)と一年前の4月には、元南海ホークスの笠原外野手(78歳)が亡くなっています。。笠原さんは後年、日刊スポーツの評論家として、健筆をふるってくれた仲間うちの一人でした。
 4月には、もう一人、福岡ダイエーホークスの根元陸夫球団社長(72歳)も亡くなっています。根元さんとは、近鉄時代から年賀状のあいさつは、必ず電話で交わすほどの友人でした。 5月には、元阪急ブレーブス代表の村上実(94歳)さんも・・・。創設当時のエース北井正雄投手(大社中・関大)をスカウトされた方としても有名です。
 6月には、元巨人軍の別所毅彦さん(76歳)をはじめ、元大洋ホエールズの引地信之さん(68歳)元毎日オリオンズの衆樹資宏さん(65歳)が、相次いで鬼籍入りしました。 別所さんは、エース時代からピッチャーの心理面などを親切丁寧に教えてくれた恩人。のちに日刊スポーツ評論家として、またテレビ解説者として人気を博したのはご存知の通りです。 昨年8月、同じ日刊スポーツの評論家だったミスター・タイガース村山實さん(61歳)も急逝しております。あの震災で家屋全壊の痛手をうけながら、安否を確かめてくれた、人情味溢れるいい男でした。 そしてこの6月には、三度取材した、元早大野球部監督・石井藤吉郎さん(75歳)も亡くなりました。石井さんは、 ”関白” の愛称で親しまれたアマ界の第一人者でした。
 こうした、スター達の逝去は、一つの時代の終わりを告げたようで、侘しさもひとしおなるのがあります。ここでは、思い出の一端を述べて、一応の区切りとします。
 さて、さて、本日は記念総会。どうか、ごゆっくりとご歓談いただきまして、明日への英気を養っていただきたいと思います。最後になりましたが、郷土大社町の活性化と発展、あわせて皆様のご健康をお祈りして、お礼のことばとします。